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なぜ夢農園をつくるのか

なぜ夢農園をつくるのか

ちゃんとしなくちゃ

「あなたは手がかからない子だったよ」

母が亡くなるちょっと前、母に言われた言葉だった。

好きで手がかからない子になったわけじゃない。

そう言いたかったけど言えなかった。

子どもの頃から、親を困らせないことがわたしの役割だった。

別に誰かから求められたわけじゃない。

でも、大変そうにしている親を見て、「わたしだけはちゃんとしていよう」そう思っていた。

そして大人になってからも

妻として、母として、仕事人として。

みんなが何を求めているか。周囲の人は何に困っていて、どうしてほしいと思っているのか。

そんなことを考えて、私はずっと頑張ってきたつもりだった。

家庭では子ども達を何時までに寝かさなくちゃいけないから、○時までには家事を終わらさなくちゃ。夫は仕事があるから早く休んでもらわなきゃ。

職場では、あの人は今ちょっと忙しそうで余裕がなさそうだから、ちょっと配慮しておこう。

そんな風に、どこにいても周囲の人の考えや気持ちを考えてしまっていた。

頼ってもらえることはありがたいし、嬉しい。

誰かの役に立てることも、もちろん嬉しい。

仕事だって、まぁそこまで嫌いじゃない。

保健師という仕事を通して、たくさんの人の人生を見せてもらった。

その人が何に困っているのか。何を大切にしているのか。どうしたらその人が、自分の人生を少しでもよくしていけるのか。

そんなことを一緒に考える仕事は、今でも好きだと思う。

家族は凄く大切。

夫がいて、子ども達がいて、

みんな毎日元気に帰ってきてくれて

みんなでご飯を食べて、くだらないことで笑って。

私はちゃんと、幸せ。

なんだけど、

ずっと心のどこかにいた。

「このままでいいのかな」

という、小さな違和感

毎日通える仕事もある。

大好きな家族もいる。

生きていく分の生活にも困ってはいない。

むしろ、恵まれているのかもしれない。

だからこそ、この違和感が何なのか、私自身よくわからなかった。

この状況に違和感を感じるわたしはわがままなのかもしれない、そんな風にも思ってた。

振り返ってみると、私はずっと、人の気持ちを考えることが得意だった気がする。

というより、人の気持ちを考えることが優先された生き方だったのかもしれない。

これを言ったらどう思われるかな。

こんなことを言ったら困らせるかな。

じゃあわたしが我慢すればいい。

わたしが頑張ればいい。

自分が本当はどうしたいのかよりも、周りがどう思うかを先に考えるクセがついていた。

それを長い間繰り返していると、不思議なもので、

「わたしはどうしたい?」

と聞かれても、ほんっっっっっとにわからなくなる。

自分の人生なんだが・・

自分のことが、わからない。

でもまだ、そんなに問題じゃなかった。

でも、そのことにすら私は気づいていなかった。

そんなわたしの人生を大きく揺らしたのが、母の死だった。

母が亡くなったとき、わたしは育休中だった。

大好きな子ども達を育てていて、目の前には確かに新しい命がある。

一方で、大切な人の命が終わった。

母親がこの世からいなくなったことで

自分の中では時間が止まっているようだった。

でも、社会は何事もなかったように動いていく。

朝が来て、夜になって、また次の日が来る。

当たり前だけど、

人が一人亡くなっても、世界は止まらない。

そのことが、私にはものすごく衝撃だった。

そして数年後、父も亡くなった。

両親がいなくなって、私は嫌でも考えるようになった。

人は、本当に死ぬんだ。

知っていたはずなのに。

保健師として、人の健康や生活に関わる仕事をしてきた。

病気のことも知っている。

予防の大切さも知っている。

それでも、大切な人の命が終わることを止めることはできなかった。

命には、終わりがある。

そしてそれは、

いつか遠い未来に来るものではないんじゃないか。

父が亡くなった直後は、そんなことをゆっくり考える余裕もなかった。

やることがたくさんあった。

度重なる法事に、いつもと同じ仕事に子育て。

ただただ目の前のことをひたすらにこなしていた。

でも、一周忌が終わった頃から

心の中にあった違和感が、どんどん大きくなっていった。

「わたし、このままでいいのかな」

ずっと考えていた。

いつまで、この働き方を続けるんだろう。

いつまで「しょうがない」と思いながら、自分の時間を差し出していくんだろう。

もちろん仕事にはやりがいがある。

安定した収入もある。

公務員という立場を手放すことは怖くないと言ったら嘘になる。

「いつか仕事を辞めて、自分で仕事をしてみたい」

と思っていたのだが、

いつか。

いつか子ども達が大きくなったら。

いつか準備ができたら。

いつか自信がついたら。

いつか、お金の心配がなくなったら。

でも、あるとき思った。

いつかって、いつ?

母にも、父にも、

「いつか」はもう来ない。

じゃあ、わたしの「いつか」はいつ来るの?

わたしはあと何年生きるんだろう。

10年?

30年?

50年?

そんなこと、誰にもわからない。

それなのに、

「いつかやりたい」

と言いながら、今のまま今日を使い続けていていいのかな。

だけど、気づいた。

わたしは、自分の人生を誰かに奪われていたわけじゃない。

公務員になったのもわたし。

結婚したのもわたし。

子どもを産んだのもわたし。

仕事を続けてきたのもわたし。

全部、自分で選んできた。

だけど、

一度選んだものを、ずっと選び続けなくてもいいんじゃない?

今のわたしが違うと思うなら、選び直していい。

そう思った。

だからわたしは、公務員を辞めることにした。

でも、

「仕事なんて辞めた方がいい」

と言いたいわけではない。

公務員を辞めることが正解だとも思っていない。

今の仕事を心から好きな人は、その仕事を続けた方がもちろんいい。

家族のために働くことが幸せなら、それもいい。

安定を大切にしたいなら、それもその人の大切な価値観だと思う。

大事なのは、

その選択を、自分でしているか。

だと思う。

誰かに言われたから。

普通はそうだから。

母親だから。

妻だから。

この年齢だから。

今さら無理だから。

そんな理由で、自分の人生の選択肢を知らないうちに消しちゃいそうになっていないか。

「しょうがない」と思っているその毎日は、

本当に、しょうがないのかな?

わたしは、自分の人生を選び直し始めてから、いろんなものが変わった。

仕事だけじゃない。

子どもとの関わり方も。

夫との関係も。

自分の身体との付き合い方も。

人との関係も。

時間の使い方も。

「やりたくない」と思っている自分に気づくこと。

疲れたら、疲れたと認めること。

嫌なことを、嫌だと言うこと。

行きたいところがあるなら、「いつか」ではなく行くこと。

大切な人と過ごせる時間を、当たり前だと思わないこと。

そして、

自分の気持ちを伝えたとき、相手がどう受け取るかまで背負わないこと。

わたしができるのは、自分の気持ちを伝えるところまで。

どう受け取るかは、その人の課題。

その考え方は随分わたしを生きやすくした。

そうやって少しずつ、

「周りはどう思う?」

ではなく、

「わたしはどうしたい?」

を自分に聞けるようになってきた。

そうすると、人生って不思議だなぁと思う。

何か大きなものを手に入れたわけじゃないんだけど

むしろわたしは、安定した公務員という立場を手放そうとしているのに。

それなのに、前よりずっと、

自分の人生を生きている感覚がある。

自分で選んでいるからだと思う。

自分で選んで、

その結果も自分で引き受ける。

うまくいかなかったら、また考えればいい。

ちょっと進んでみて「なんか違うかも・・」そう思ったら、また選び直せばいい。

人生って、

無意識のうちに、進んだ道を進み続けなきゃいけないって思い込んでた。

でも、

一度決めた道を最後まで、間違えないで歩くものじゃなかった!

何度でも、自分で選び直していいものだった!

だから、夢農園をつくろうと思った。

誰かの人生を変えたいからじゃない。

私が正しい生き方を教えたいわけでもない。

「こう生きた方が幸せですよ」

なんて言うつもりもない。

だって、

その人の人生の答えは、その人にしかわからないから。

でも。

かつての私みたいに、

家族も大切。

仕事にもそれなりにやりがいがある。

そして、それなりに幸せ。

なのに、

「このままでいいのかな」

という違和感を抱えながら生きている人は、きっといるんじゃないかな。

周りの人のことなら一生懸命考えられるのに、

「あなたはどうしたい?」

と聞かれても、答えがわからない人もいると思う。

そんな人が、一度立ち止まれる場所をつくりたい。

誰かの声ではなく、

自分の声を聞く場所。

自分が何を大切にしたいのかを知る場所。

自分の身体を大切にすることも。

ちゃんと眠ることも。

食べることも。

休むことも。

働くことも。

家族との時間も。

夢を持つことも。

全部、別々の話ではないと思っている。

全部が、

「わたしは、どう生きたい?」

につながっている。

夢農園という名前には、「農園」という言葉が入っている。

でも、育てたいのは植物だけじゃない。

人も同じなんじゃないかと思う。

今日種をまいたからといって、明日花が咲くわけじゃない。

水をあげて。

太陽を浴びて。

根を張って。

見た目には何も変わっていないような時間を過ごして。

そのうち、芽が出る。

人もきっと同じ。

急がなくても、人生にはリズムがあると思う。

漕いでも漕いでも進まないときもあれば、

自然に進む時もある。

自分のことを知って。

自分の感覚を取り戻して。

身体を整えて。

自分で考えて。

自分で選んで。

少しずつ、自分の人生を生きるための土台を育てていく。

わたしは、その時間を一緒に過ごせる場所をつくりたい。

それが、夢農園です。

わたしは、自分の人生を選び直した。

でも、

あなたがわたしと同じ選択をする必要はない。

仕事を辞めなくてもいいと思う。

大きな夢なんてなくてもいいと思う。

何者かにならなくてもいいと思う。

今の生活を全部変える必要だってないんじゃないかな。

あなたが考えて、

あなたが納得して、

「わたしはこれを選ぶ」

と言えるなら、それでいい。

1人ひとり役割は違っても、価値は変わらない。

誰かの娘である前に。

会社員である前に。

妻である前に。

母親である前に。

あなたは、あなたとして生きている。

人生がいつ終わるかは、誰にもわからない。

だからわたしは、

「いつか」を待つのをやめた。

あなたは、どうだろう。

今ある、その選択は

本当にあなたが選んだものだろうか。

あなたが大切にしたいものを、

ちゃんと大切にできているだろうか。

そして。

もし、誰かの期待も、

「普通はこう」という正解も、

「今さら」という諦めも、

一度全部横に置けるとしたら。

あなたは、本当はどう生きたい?

夢農園とは

夢農園は答えを教える場所ではありません。

自分自身で自分の声を聞いて、

自分で選び、

自分の足で歩いていく。

そのための土台を、

一緒に育てていく場所です。